市川食堂
市川駅直結の市川食堂で、ハンバーグ定食を実食しました。一見、入りづらさを感じていた老舗食堂で。そして、味わったのは、満腹感だけでなく、街とともに育まれてきた外食文化の背景。市川という街が食堂に求めてきた役割を、実食レポとともにたどります。

入店きっかけ・理由
市川駅すぐ、老舗の空気が気になりながらも足が止まっていた市川食堂
市川駅に隣接した建物にある店で、雨の日でもほとんど濡れずに行けるほど。前回、市川駅で立ち寄った鈴家へ向かう途中、その存在を知ったのが市川食堂だった。
看板の「市川食堂」の文字は、毛筆の勢いと書き手の癖がそのまま残った個性的な筆致で、店の素朴さに独特の表情を添えている。入口脇には小さな椅子と丸テーブルが置かれ、その上にメニューがある。日常に寄り添う食堂らしい親しみやすさが漂う一枚となっている。
ただ、店頭に掲げられたメニューに目を通した瞬間、少し入りづらさを感じ、その時は足を止めることなく通り過ぎてしまった。
前回はひとりだったが、今回は吉岡さんも一緒だった。これはもう、吉岡さんを巻き込んで市川食堂へ行ってみよう、そう思って声をかけた。
ただ、店が見えてくると、吉岡さんもやはり若干の不安を口にする。その気持ちに同調しつつ、実はその不安こそを確かめたくて今回誘ったことを正直に話した。
実際はどうなのか、検証してみよう。という事で、入店。
市川食堂の店内&注文
昼時の店内と、即断を迫られる券売機
ちょうど十二時になろうかという時間帯。店内は非常に混み合っていた。
入った瞬間、その混雑具合を察したのか、二名席に座っていた年配の方が、ちょうど空いたカウンター席を指して、こちらへ移りますよと声をかけてくださり、席を譲ってくれた。
それほどまでに店内は埋まっていた。
入口を入って右手には、現金のみ対応の券売機が置かれている。
店頭にメニューは出ていたものの、事前にじっくり目を通してきたわけではない。
そのため、券売機まででメニューを決める難易度はかなり高い。
メニュー構成は大きく三つに分かれており、定食、定食に焼きそばをつけたセット、そしておかず三種のトリオという並びになっている。
ただ、その定食の中身も一筋縄ではいかない。
ハムエッグ定食、あらかつ丼、カレーライスなど、想像以上にバラエティーが豊富。
なおさら、即断するのがなかなか難しい。
ただ、後ろに人が並んでいることもあり、早く決めなければという気持ちが先に立つ。最終的には、目に入ったハンバーグ定食(デミグラス)を選ぶことにした。

店内にはテーブル席とカウンター席があり、中央にはセルフ用の大きなごはんの保温機が据えられていいる。
おかわり用の保温機の上にはテレビが置かれており、飾り気のない佇まいも相まって、まさに昭和の「ザ・食堂」といった空気が広がっていた。

創業背景・歴史
市川駅南口の商店街史の中に位置づけられる食堂
創業年や創業者については、現時点で確認できる公的・公式資料は存在せず、正確な創業時期は不明である。
市川市が編纂した『市川市史(1975年)』には、市川市の都市化や商店街形成の過程が詳細に記録されているが、飲食店の個別名までを網羅する内容ではなく、市川食堂についての直接的な記述は確認できない。
一方で、地域史として確認できる事実として、市川駅南口にアーケード街が形成されたのは1976年(昭和51年)以降である。この南口アーケード街には、定食屋や飲食店、小売店が雑多に密集し、当時の駅前らしい商業空間を形成していたことが、写真資料などから確認されている。そこには「昔ながらの定食屋」とされる店舗が複数存在していたことも事実として残されている。
その後、南口アーケード街は老朽化や火災リスクといった問題を抱えるようになり、2005年から2009年にかけて行われたI-linkタウン建設によって姿を消した。現在の市川食堂の立地を踏まえると、過去の駅前商業空間と地理的には連続しているが、当時の店舗との直接的な連続性を示す史料は確認されていない。
市川食堂 実食レポート
ハンバーグ定食(デミグラス)

今回選んだのは、ハンバーグ定食のデミグラス。あとから知るのだが、市川食堂ではハンバーグは定食メニューの中でも定番の一つで、揚げ物系と並んで注文している人が多いようだ。
提供されるハンバーグは、いわゆる洋食店の繊細なタイプというより、食堂らしい実直さを感じさせる見た目。丸みのある成形で、鉄板の上にはデミグラスソースがたっぷりとかけられている。付け合わせには、もやしとスパゲッティ、そして目玉焼きが添えられ、全体のバランスが良い。
食感はふんわりというより、しっかりとした肉感のある仕上がり。中まで均一に火が通り、家庭的で安心感のある味わいだ。定食にはご飯と味噌汁がつき、ご飯はセルフでおかわり自由。デミグラスソースを少し残して、ご飯をもう一杯よそりたくなるのも自然な流れだった。
訪問後記
本物の経済学は社会的公正を支持し、
最も弱い立場の人々も含めすべての人が平等に利益を得られるものです。
田畑健編『ガンジー・自立の思想』片山佳代子訳、地湧社
この言葉は、インド独立の指導者マハトマ・ガンジーの思想をまとめたもので、経済とは効率や利益の最大化だけでなく、社会の中で弱い立場にある人々が取り残されないことを重視すべきだ、という考え方を示している。
お金を稼ぐ仕組みである以前に、人が人として生きていくための土台をどう支えるか。その問いが、この一文には含まれている。
マハトマ・ガンジー(1869/10/2―1948/1/30)
マハトマ・ガンジーは、インド独立運動を非暴力・不服従の理念で導いた指導者。本名はモーハンダース・カラムチャンド・ガンディー。南アフリカで弁護士として活動しながら人種差別と闘い、帰国後は「サティヤーグラハ(真理の把握)」を掲げて英国支配に抵抗した。1930年の「塩の行進」は象徴的な抗議運動として世界的に知られる。独立後の宗教対立の中、1948年に暗殺されたが、その思想はキング牧師ら世界の人権運動に大きな影響を与え続けている。
市川食堂とのつながり
市川という街は、戦後から現在に至るまで人口が増え続け、とくに昭和50年前後にはベッドタウン化が急速に進んだ。転入者が多く、単身者や通勤者が集まるこの街では、「家で作る」よりも「外で食べる」需要が自然に高まり、駅前に多くの食堂や定食屋が集まった。
そうした市川の街の歴史の中で、食堂は単なる飲食業ではなく、生活を支える装置の一つだったのだと思う。
食堂に色濃く見られる「たくさん食べさせる」という姿勢は、儲けだけを目的としたものではない。胃袋を満たすことで人が感じる安心感や喜びを、そのまま自分たちの喜びとして受け取る。労働者に敬意を払い、今日一日を終える人を迎え入れる。
市川食堂の佇まいや定食の構成からは、そんな考え方が今も受け継がれているように感じた。
それは効率や均一化を強みにするチェーン店では、どうしても到達しにくい領域だ。市川食堂は、街の歴史や人の流れとともに育まれてきた価値を、静かに保ち続けている。
自分の学び
そんな背景も知らず、私はただ、安くてたくさん食べたいという強欲だけを携えて、食堂にいた。
食堂はきっと、そんなことも分かったうえで、何も言わずに受け入れ、見守り、そして次の一皿を差し出していく。そこには、不思議な幸福感があった。
その姿に触れて、儲ける側である前に、与える側であることの尊さを考えさせられた。
自分の利益だけでなく、誰かの一日を支えることに喜びを見いだし、儲けを超えたところに使命感を持って貢献していく。そんな人物になりたいと、ハンバーグ定食を平らげながら思った。
何の説得力もない私だが、そう考えている時点で、もう十分、市川の食堂文化に染まり始めているのかもしれない。
そんな話を帰りの電車で吉岡さんにしたところ、「そうですね」と、感情が一切乗っていない言葉が返ってきた。
店舗情報
店名:市川食堂
住所:千葉県市川市市川南1丁目1-1
I-linkタウンいちかわ ザ・タワーズイースト 2F
アクセス:JR総武線 市川駅 南口 直結(徒歩1〜2分)
営業時間:
昼 11:00〜14:00
夜 17:00〜22:00(L.O.21:40)
日祝 12:00開店
定休日:土曜日
支払い:現金のみ(食券制)


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