「見るものなくして見るところのものこそ真の自己である」
—— 西田幾多郎『善の研究』岩波文庫
池袋で海鮮系ラーメンを求めて訪れた「琥珀」
宍道湖しじみの姿は丼の中に見えないが、澄んだスープには確かな旨味の層がある。
ひと口ごとに広がる余韻と、その正体を探る感覚。
見えない出汁を味わう一杯から始まった、しじみラーメンの体験を綴ります。
入店きっかけ
店のきっかけは、海の余韻を追いかけて
池袋はヌードルボイスにつづき、先日は牡蠣塩ラーメンの名店「むかん」を訪問した。
そこで味わった一杯は、海の旨みがそのまま丼に落ちてきたような衝撃があり、海鮮系ラーメンというジャンルの奥深さに、すっかり心をつかまれてしまった。
その感動が冷めないうちに、もう一歩、もう一杯と海の余韻を追いかけたくなり、次なる店を探し始める。
そんな流れで辿り着いたのが、今回訪問する「琥珀」。
勝手に名付けるなら、「海の旅の第三弾」といったところだ。
店舗は池袋東口から歩いて10分弱。
線路沿いを進み、少しそれた場所に平和通りがあり、さらに奥へ進んで左折すると見えてくる——はずだった。
ところが、気づけば店を通り過ぎている。
戻って探しても、なかなか見つからない。
どうやら店舗はアパホテルの1階にあり、完全にアパホテルの存在感に目を奪われていたようだ。
そんな小さな迷子時間を経て、ようやく見つけた入口。
少しほっとした気持ちのまま、琥珀の店内へと足を踏み入れる。

注文
即断即決を迫られる、入口左の券売機
店内に入ると、すぐ左手に券売機がある。
立ち止まって深呼吸する余裕はなく、いわば即断即決型の券売機だ。
最初の画面では、中華そばとつけ麺に分かれており、まずはそこから選択する。
さらに進むと、塩と醤油に分かれ、そこから並、上、特上という構成になっている。
並と上については、写真から味玉が追加されていることが分かる。
ただ、上と特上の違いとなると、券売機の前で立ち止まった一瞬の判断では、正直なところ把握しきれなかった。
今回は「しじみ」というワードに惹かれての訪問。
余計な迷いは入れず、塩の並を選ぶはずが、最後に迷いがうまれ、中蕎そば醤油を注文する。
琥珀メニュー一覧 ※中華そばのみ抜粋
中華蕎麦(塩)
- 中華蕎麦(塩)特上 1700円
- 中華蕎麦(塩)上 1400円
- 中華蕎麦(塩)並 1100円
中華蕎麦(醤油)
- 中華蕎麦(醤油)特上 1700円
- 中華蕎麦(醤油)上 1400円
- 中華蕎麦(醤油)並 1100円
サイド
- 大焼売(肉と海老) 500円
- 吊るし焼きバラ丼 500円
- ローストポーク丼 480円
オプション
- 麺大盛 200円
- 手もみ麺変更 100円

店内風景
静けさが先に立つ、グレイリッシュな店内
外観も含めて、無駄な装飾はなく非常にシンプル。 店内は全体的に落ち着いたグレイリッシュなトーンでまとめられており、いわゆるラーメン店にあるような賑やかさとは、少し距離のある空気感がある。
しじみから出る出汁のグレイ、しじみの殻から連想される漆黒、そしてし全体的にしじみの白を彷彿とさせる配色にも見えるが、それが偶然なのか、意図したものなのかは定かではない。
入店時は男女問わず来店されており、白髪の方の姿も見かけた。 ただ、昼時ということもあってか、外回りと思われるサラリーマンの姿が多く、全体としては落ち着いた客層という印象を受ける。
席はカウンター中心の構成で、ひとり客でも入りやすい。 実際、黙々と一杯と向き合っている人が多く、自然と会話も控えめになるような雰囲気がある。
厨房との距離は比較的近く、調理の音や動きが視界に入る位置関係。
お水や小皿は立ちトレイの上にまとめて置かれており、店内の色合いも相まって、どこか社員食堂のような印象もある。 朝方はアパホテルの朝食レストランとしても使用されているという。
華やかさを売りにした店ではないが、観光客向けというよりは、ラーメンそのものに集中したい人向け。 静かな環境で、一杯と向き合うことが前提にある店内だと感じた。

創業初期、琥珀が形になるまで
開店は令和元年、最初の一歩
「宍道湖しじみ中華蕎麦 琥珀」は、2019年5月1日、令和元年の初日に東京・大田区で産声を上げた。
創業当初は現在のような広がりを前提としたものではなく、まずは一軒の店として成り立たせることが出発点だったようだ。
修業と独立、選ばれた静かな場所
店主は、ラーメン業界の名店として知られる「麺処 ほん田」で修業を重ね、その後、系列店の運営にも関わってきた人物とされている。
独立にあたって選んだ場所は、駅前の目立つ立地ではなく、商店街を抜けた先にある比較的静かなエリア。
派手なスタートではなく、腰を据えて続けていくことを意識した選択だったと考えられる。
創業時から掲げられた宍道湖のしじみ
創業時から掲げられていたのが、「宍道湖のしじみ」という素材だった。
しじみラーメン自体がまだ珍しかった時代に、看板にその名を掲げることは、決して無難な選択ではなかったはずだ。
実際、周囲からは懐疑的な声もあったというが、店名にまで明記することで、その方向性を明確にしてスタートを切っている。
早い評価と、軸の定まったスタート
結果として、オープン後まもなく各種ラーメンアワードで評価を受け、創業初期から注目を集める存在となった。
ただ、その評価のされ方を見る限り、話題先行というよりは、店の軸が早い段階で定まっていたことが、自然と伝わった結果のようにも映る。
実食レポ
琥珀 中華そば 醤油
食券を渡してから、およそ7分。
それほど待たされた感覚もないうちに、中華そばの醤油がテーブルに置かれた。

まず目に入るのは、スープ表面に浮かぶ油の輪っか。
その見た目に、思わず唾を飲む。
派手な演出はないが、期待感を自然と高めてくる佇まいだ。
ひと口目は、まずスープから。
しじみという言葉から想像する強い主張は感じないが、さっぱりとしながらもしっかりとした旨みがあり、その味わいが口いっぱいに広がっていく。
重さはなく、飲み進めても疲れないタイプのスープだと感じる。
中央に置かれた芽ねぎが、ふと目に留まる。
芽ねぎを見るだけで、なぜか一杯全体にやさしさが生まれる気がする。
醤油のスープに合うのかと一瞬思ったが、それは杞憂だった。
アクセントになりつつ、全体の流れを崩さない位置に収まっている。
麺は表面がつるりとしており、やや柔らかめの仕上がり。
スープとのなじみがよく、主張しすぎることなく、全体のバランスの中に自然と溶け込んでいる。
チャーシューは、スープの熱が入っていくにつれて、徐々に柔らかさが増していく。
時間とともに表情が変わるのも、この一杯の楽しみ方のひとつだ。
一口目のインパクトで押すというより、
食べ進める中で少しずつ輪郭がはっきりしてくる。
そんなタイプの醤油中華そばだと感じた。
入店時の気づき
期待と現実、そのあいだで生まれた違和感
今回、海鮮系ラーメンという流れの中で、「琥珀」を訪れた。
店名や外観にある「宍道湖・しじみ」という表記から、自然と頭の中では“しじみラーメン”の姿を思い描いていた。
ただ、実際に店内に入り、提供された一杯を前にすると、具としてのしじみは見当たらない。
外観には確かに「宍道湖・しじみ」と書かれているものの、目に見えて「しじみ」が入っているわけではなく、その存在はかなり控えめだ。
正直に言えば、その表記がなければ、しじみを使ったラーメンだと気づかずに食べ終えてしまった可能性もあったと思う。
味そのものには不満はなく、むしろ満足感は高い。
ただ、「しじみラーメンを食べに来た」という自分の中の勝手な想像とは、少しだけギャップがあったのも事実だ。
その違和感は、期待外れというよりも、想像していた方向とのズレに近い。
とはいえ、そのズレが悪い方向に働いたわけではない。
むしろ今回の訪問を通して、「宍道湖のしじみ」という言葉そのものに、強い興味が湧いてきた。
ラーメンの中で前面に出ていなかったからこそ、逆にその背景や産地について知りたくなった、と言ったほうが近いかもしれない。
機会があれば、実際に宍道湖を訪れてみたい。
そんな気持ちが、入店時の印象として、静かに残った。
訪問後記
見えないのに、確かに“ある”ということ
「見るものなくして見るところのものこそ真の自己である」
—— 西田幾多郎『善の研究』岩波文庫
この言葉を残したのは、日本を代表する哲学者 西田幾多郎氏(1870–1945)。
京都学派の創始者であり、「純粋経験」や「絶対無」といった独自の哲学を打ち立てた人物だ。
この名言が示しているのは、
「私が見る」「対象がそこにある」
といった 主観と客観が分かれる前の状態 についてである。
判断する前、言葉に置き換える前、
ただ出来事として体験しているその瞬間。
西田は、その判断以前の体験そのものを「純粋経験」と呼び、
そこにこそ本来の自己があると考えた。
見えるか、見えないか。
分かるか、分からないか。
その手前にある感覚を、いったん信じてみる。
それが、この言葉から受け取れる学びだと思う。
名言と琥珀のラーメンとの関係
今回の琥珀の一杯には、目に見える「しじみ」は入っていない。
外観には「宍道湖のしじみ」と書かれているが、
具としての分かりやすさはない。
それでも、スープを口に含んだとき、
「何かがいる」と感じた。
ただ、その感覚を自分の中でうまく掴みきれなかった。
西田の言葉に重ねるなら、
それは「見る」「確認する」という段階に意識を置きすぎていたのかもしれない。
しじみが見えない=ない
そう決めつけてしまい、
感じる前に、疑ってしまった。
見えないものは、つい存在しないものとして扱ってしまう。
だが、西田氏の言葉は、「見える・見えない」という判断の前に、
体験そのものに目を向けることを促している。
それでも私が感じたこと
正直に言えば、味覚としては確かに満足していた。
それでも、「しじみを感じられなかった」と、
少し肩を落とした自分がいた。
目に見えないものを、
無意識のうちに「ないもの」として扱っていたのだと思う。
この感覚は、以前「むかん」を訪れたときに心に残った、
『星の王子さま』のあの言葉と重なる。
大切なことは、目に見えないからね
出典:アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ『星の王子さま』(ゴマブックス、浅岡夢二訳)
見えないものを見る。
味として、余韻として、背景として受け取る。
今回の琥珀で、その難しさと同時に、
海鮮系ラーメンの奥深さをあらためて感じた。
まだまだ、分かっていない。
だからこそ、また食べに行きたくなる。
海鮮ラーメンは、思っていた以上に深い。
最後に
最後に、こうして振り返ってみると、
今回の一杯は「答え」をくれるラーメンではなかった。
しじみを感じられなかった、という戸惑い。
それでも、確かに残った旨味の記憶。
見えないものを、ないものとして片付けてしまう癖に、
静かに気づかされた時間だった。
味わうとは、確認することではない。
感じ取ろうとする姿勢そのものなのかもしれない。
結局のところ、宍道湖のしじみは、まだよく分からない。
だからこそ、気になっている。
分からないまま、少し距離を残したまま、
その存在が頭の中に残り続けている。
海鮮系ラーメンは深い。
そして、この話は、
たぶんここでは終わらない。
アクセス・店舗情報
店名
宍道湖しじみ中華蕎麦 琥珀 池袋店
住所:東京都豊島区池袋2-48-7アパホテル〈池袋駅北口〉1F
アクセス:JR・各線「池袋駅」西口(北)より徒歩約4分
営業時間:11:00〜23:30(最終入店 23:00)
定休日:無休(臨時休業あり)
席数:19席(カウンター4席/テーブル席あり)




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