PR

中村橋・博多とんこつラーメン|長浜やの“普通”が、なぜ心に残るのか

「他者に善をおこなわんとする者は、微に入り細に入り細にわたっておこなわれなければいけない」

「こころの処方箋」 河合隼雄著 新潮文庫

博多ラーメン 長浜や

中村橋でふと立ち寄った博多豚骨ラーメン「長浜や」。派手さはないものの、肩肘張らずに食べられる一杯が、不思議と心に残りました。なにげない味、良心的な価格、淡々とした佇まい。その「普通」を丁寧に積み重ねているからこそ、日常に必要とされ続けるのだと思います。

中村橋駅徒歩7分にある「長浜や」の外観画像
中村橋駅徒歩7分にある「長浜や」

長浜やへの入店きっかけ

中村橋で偶然見つけた、場末感のある豚骨ラーメン

中村橋に友人を訪ねた際、たまたま見つけたのが豚骨ラーメンの「長浜や」だった。

中村橋駅を南に進み、千川通りにぶつかって左へ曲がると、通り沿いにその店はある。

駅から歩いて7分ほど。中村橋駅周辺の賑やかなエリアからは少し外れた、いわゆる場末といった場所に位置している。

中村橋の長浜やは初訪問だが、思い返せば長浜やの他の店舗も、駅から近いものの、どこか場末感のある立地が多い。

駅近という条件は譲れないが、家賃を抑えて価格に還元するため、あえてこうした場所を選んでいる——そんな企業戦略なのだろうと勝手に想像してしまう。

そして、どこか怪しく、少し入りにくい外観

だがそれが、今や私にとっては絶好の好物でもある。

博多とんこつラーメン贔屓の私としては、行かずにはいられず、そのまま入店した。

店内風景

厨房を中心にした、少し不思議な長浜やの店内

店内に入ると、正面がすぐ厨房になっている造り。厨房の前にはカウンター席が3席設けられている。そのほか、入口の左右には2名席と4名席のテーブルが配置されている。

決して広くはないが、窮屈さを感じるほどでもない。

席は「ご自由にどうぞ」というフリースタイル。

カウンターも空いていたが、この日は荷物があったため、無理せず2名席のテーブルに腰を下ろした。

店内でひときわ目を引いたのが、厨房まわりに設えられた、なぜかやぐらのような装飾だ長浜ラーメンのルーツを考えれば屋台をイメージしているのだと思うが、それにしては少し立派すぎて、どこか普通の屋敷のような雰囲気もある。そのちぐはぐさが、逆に印象に残る。

中村橋 長浜や 店内風景の画像
 ※プライバシー保護の観点から画像を一部加工しています
中村橋 長浜や 店内風景 ※プライバシー保護の観点から画像を一部加工しています

水はセルフサービスで、コップもあらかじめ用意されている。余計な説明はなく、必要なものだけが淡々と揃っている感じだ。

このときの店内は客が全員男性。

たるみがあるかないかの違いはあれど、みなさんガタイはよく、自然と耳に入ってくる注文もセットメニューが多かった。

客層にまで長浜ラーメンのルーツが影響しているのか、それともそれぞれの環境が長浜ラーメンに足を運ばせているのか。

そのあたりは、正直なところ定かではない。

長浜や 注文

迷わせるメニュー構成と、あえての定番


長浜やラーメンメニュー画像
長浜やのラーメンメニュー

メニューを眺めると、まず軸になるのはプレーンな博多豚骨ラーメン。

そこに辛めの赤博多とんこつ味をしっかり効かせた黒博多ラーメンが並ぶ。さらに、とんこつ醤油、味噌ラーメン、つけ麺まで用意されており、思っていた以上に間口は広い。それぞれにトッピングやセットメニューもあり、選択肢はかなり多い。

また、丼ものや定食といったメニューも用意されており、これは他の長浜やではあまり見かけない構成だ。

アルコールやおつまみ系もそれなりに揃っているようで、今回はランチタイムの入店だったため注文はしなかったが、夜になれば居酒屋のような様相に変わるのかもしれない。

これだけメニューがあるせいもあって、結局注文までに7分ほど要した。

あれこれ目移りしながら考える時間も、悪くはない。

そんな中、今回私が選んだのは定番の博多豚骨ラーメン

セットメニューは、単品をそれぞれ頼んだ場合と比べると300円近く割安で、セットを選んでも1000円以下に収まる。周囲から聞こえてくる注文もセットが多く、その勢いに少し心が揺れたのは正直なところだ。

それでも今回はあえて我慢。まずは基準になる一杯を確かめたくなり、博多豚骨ラーメン単品を注文した。

長浜やのセットメニュー画像
長浜やのセットメニュー 値段が魅力的でついつい手を伸ばしたくなる

創業背景・歴史

東京で独自進化した「長浜や」という存在

東京を中心に展開する「博多ラーメン長浜や」は、福岡の本家とは異なる独立チェーンとして、東京の食文化に合わせた進化を遂げてきたブランドだ。その歩みの背景には、創業者・鎌田実穂氏の試行錯誤がある。

1986年〜 博多ラーメン以前の出発点

長浜やの原点は、1986年に東京都稲城市で開業した「ラーメンショップ大番」にさかのぼる。当時は豚骨正油を中心としたロードサイド型の店で、まだ博多ラーメンや長浜ラーメンを前面に出してはいなかった。
地域に根ざし、東京の生活圏に合う味を探る姿勢は、この頃から一貫していたという。

1995年〜 博多ラーメンへの転換

1995年、店舗を川崎市へ移転し、屋号を「博多や」に変更。ここから本格的に博多ラーメンの研究が始まった。当時の東京ではまだ珍しかった豚骨ラーメンを、極細麺とマイルドなスープで東京向けに調整し、現在の味の方向性が形づくられていく。

2000年〜 「長浜や」ブランドの確立

2000年、渋谷区笹塚へ移転し、屋号を「長浜や」に変更。ここで“東京で毎日食べられる長浜系豚骨”という立ち位置が明確になった。その後、阿佐ヶ谷への出店を皮切りに店舗は増えるが、拡大はあくまで慎重に進められている。

日常に寄り添う豚骨ラーメン

長浜やのラーメンは、強烈な豚骨臭を抑えたマイルドな味わいが特徴で、深夜でも無理なく食べられる軽さを意識している。
駅前や商店街といった生活圏への出店、手頃な価格帯、定食や丼ものの充実など、「地域に根づく店」であることを重視してきた姿勢が、現在の長浜やを形づくっている。

福岡の本家を再現するのではなく、東京の街に合わせて育てられてきた“長浜系”。それが、長浜やというブランドなのだろう。

博多ラーメン長浜や|笹塚を中心とした都内の博多とんこつラーメン
博多ラーメン長浜やは、笹塚を中心とした都内の博多とんこつラーメン屋です。何頭もの豚の頭を丸ごと使用し丸1日かけて作る栄養価が高い絶品スープとの相性抜群の極細硬麺をご賞味ください!フランチャイズ加盟店を募集しております。


実食レポート

肩肘張らずに向き合える、ど真ん中の博多豚骨「長浜や」

博多とんこつらーめん

注文してから3分ほどで、豚骨ラーメンが運ばれてきた。流石に早い。
目の前に置かれた一杯は、白濁したスープに細麺、チャーシューとネギという構成で、ど真ん中を狙った「ザ・長浜ラーメン」といった佇まいだ。奇をてらったところはなく、見た目からして落ち着いている。

まずはスープを一口。豚骨の旨みはしっかり感じられるが、クセや臭みはかなり控えめ。重さもなく、後味もすっと引く。思ったよりあっさりしている、という評価にそのまま重なる。ガツンと主張するタイプではないが、その分、構えずに飲める豚骨だ。

チャーシューやネギも同様で、どれかが前に出てくる感じはない。突出した個性はないが、その分、引っかかりも少ない。派手さはないが安定していて、「日常使いにちょうどいい」という言葉がしっくりくる。

正直に言えば、強烈に記憶に残る一杯かと言われると、そうではない。ただ、価格を考えれば十分に満足できる内容で、セットにする人が多いのも頷ける。肩肘張らずに、気軽に食べられる博多豚骨ラーメンだ。

長浜やの替玉写真
替玉100円という価格も今や良心的

訪問後記


「他者に善をおこなわんとする者は、微に入り細に入り細にわたっておこなわれなければいけない」

「こころの処方箋」 河合隼雄著 新潮文庫

この言葉は、18〜19世紀の詩人・画家であるウィリアム・ブレイクの思想に基づくものだ。そしてこの一文を、日本で紹介し掘り下げて語っているのが、心理学者・河合隼雄氏の著書『こころの処方箋』である。

ブレイクは、善や愛といったものを抽象的な理念としてではなく、具体的な行為の細部に宿るものとして捉えていた。善意があるだけでは足りず、相手の状況や文化、心情をどこまで細かく理解しようとしているかが問われるそこを欠けば、善は簡単に独りよがりになり、時には害にすらなりうる、という厳しい倫理観だ。

河合隼雄氏はこの言葉を、ボランティアや援助といった「善意が前面に出やすい行為」の文脈で引用している。善意だから許される、という態度こそが危うく、細部への配慮を欠いた善は、自己満足や侵入になってしまう。心理臨床の現場から導き出されたその指摘は、「善とは何か」を静かに問い直してくる。


なにげない一杯に宿る「配慮」という価値

この言葉を、長浜やの一杯に重ねてみると、不思議と腑に落ちる。

なにげない味であっても、それをきちんと提供し続けることで、そこには確かな価値が生まれる。一時的な話題性や、その場限りの強さだけでは、「いい」とは言えないのだろう。
派手ではないが、普通であることを丁寧に積み重ねていく。その姿勢こそが、人の生活に根づいていく。

長浜やのラーメンは、まさにそういう立ち位置にある。
味は決して尖っていない。だからこそ力を抜いて食べられ、気負わずに「また食べたい」と思える。これが、いわゆる庶民の味というものなのかもしれない。

セットメニューが安く、良心的であることも、その姿勢を裏づけている。特別な日に食べる一杯ではなく、日常の延長線上で選ばれる一杯。
そこには、「微に入り細に入り」積み重ねられてきた配慮が、ごく自然な形で表れているように感じた。

長浜ラーメンらしく、麺は細い。
もちろん、これは名言の意味とは直接関係のない話だ。
それでも、主張しすぎず、全体の流れを邪魔しない。

その在り方自体が、この店の姿勢をよく表している。


派手さではなく、続けることの意味

長浜やを通して、本当の善とはどうあるべきなのかを、あらためて考えるきっかけになった。

決して派手ではない。
むしろ地味と言っていい。

それでも、そこには人に愛され、必要とされ続ける理由が確かにある。

強く主張しなくてもいい。
目立たなくてもいい。
ただ、当たり前のことを当たり前に続けていくこと。

その積み重ねが、結果として誰かの生活に寄り添い、価値になっていく。

長浜やのラーメンは、そんな在り方を無言のまま示していた。
その姿勢を、自分の仕事や日常にどう置き換えていけるのか。

帰宅後、思索にふけるのであった。

店舗情報

店名:博多ラーメン 長浜や 中村橋店

住所東京都練馬区中村北2丁目20-10※千川通り沿い/中村橋駅南口方面
アクセス:西武池袋線「中村橋駅」南口より徒歩約7分

営業時間:11:00~0:00

定休日:なし


コメント