名古屋での3日間、味噌カツ・手羽先・あんかけスパと濃厚な名物料理を堪能した僕が、最後に出会ったのは「きしめん」。駅構内でふと目にしたその一杯が、旅の締めくくりに教えてくれたのは“強さより味わい”という哲学。この記事では、入店理由から実食レポート、きしめんの歴史、そして麺と人生を重ねたユーモアまで、名古屋グルメの奥深さをお届けします。
濃厚な名古屋グルメの後に求めた“静けさ”
名古屋での3日間の仕事。味噌カツ、手羽先、あんかけスパ——どれも白米やビールが欲しくなる濃厚さ。隣の席の人が「これぞ名古屋!」なんて舌鼓を打つが、3日目になると少し優しさも欲しくなる。そんなとき、まだ口にしていない名古屋名物がある。「きしめん」だ。今の気分にぴったり。ちょうど仕事の合間に立ち寄った名古屋駅で際立つ「駅前 きしめん」。おそらく、濃厚な味を避けたい人々の寺小屋になっているのだろう。どんどん人が入っていく。

広さと人の温度を感じる空間
店内は意外に広く、クランクしているので全体像が一目で掴みにくい。それでも、人の多さで活気が伝わる。なんなら店員も多い。ベテランの方々が手際よく麺をさばく姿に、どこか“きしめんの優しさ”と同じ空気を感じた。もしここが、最新トレンドをまとった若者ばかりの店だったら、この穏やかな雰囲気は出なかったかもしれない。湯気と出汁の香りに包まれながら、落ち着いた笑顔で麺を扱う姿に、旅の疲れがふっとほどける。
駅で味わう伝統、驛釜きしめんの誕生
きしめんは江戸時代初期には尾張地方で食べられていたらしい。刈谷周辺で「芋川うどん」と呼ばれる平打ち麺が名物だったという事で、これがきしめんのルーツだという説がある。名称の由来には諸説あり、「棊子麺(碁石麺)」から転じた説や、尾張藩に献上されたキジ肉入りの麺「雉麺」が訛った説もあるらしい。
明治時代には名古屋の名物として定着し、昭和初期には名古屋駅構内で販売が始まったという。戦後の立ち食い文化とともに広まり、1983年には新幹線ホームにも進出したらしい。旅人にとって、駅で湯気を立てるきしめんは“名古屋の顔”になったという事だ。
そして平成16年、JR東海の飲食事業を担うジェイアール東海フードサービスが「驛釜きしめん」をオープン。駅で本格きしめんを楽しめる店として誕生したらしい。朝7時から営業し、旅人やビジネスマンに名古屋の味を届ける。伝統と現代の利便性が融合した、駅グルメの象徴だという。
シンプルな一杯を選ぶ理由
券売機の前で少し迷った。味噌煮込みうどんや天ぷらきしめんも並んでいる。でも、ここに来たのは“優しさ”を求めて。そして、初めて訪れる店では、その店の一番売りのものを一番シンプルに食べる——これが私の原理原則だ。だから基本の「かつお出汁のきしめん」を選んだ。トッピングはねぎと削り節だけ。
食券を渡すと、代わりに札を受け取り、それをテーブルに置く。店員さんの目安になるのだろう。混んでいることもあり、きしめんを持って通る店員の回数が多い。そのたびに「自分の分か?」と期待するが、違う違う。きしめんは時間がかかるんだ。待つ時間さえ、旅の一部になる。
柔らかさと濃さ、その絶妙なバランス
一口すすると、驚くほど柔らかい。名古屋の濃厚な味を食べ続けてきた中で、この優しさが本当に欲しかった。ただ、意外にも出汁はしっかり濃いめ。でも、それでいい。この平たい麺は、ある程度味がついていないと、食べた瞬間に物足りなくなるのだろう。

それにしても、この麺の柔らかさがもたらす安心感は半端ない。跳ね返らない、受け止める麺。強さではなく、しなやかさで勝負するきしめんの哲学が、口の中で静かに語りかけてくる。濃い味に疲れた心に、じんわり沁みる一杯だった。
きしめんに“腰”はない、という話
隣の人が言った。「このきしめん、コシがあるね」。僕は思わず反論しそうになった。「いや、きしめんにコシなんてない」。少し口論になりかけたが、ぐっと飲み込んだ。
うどんの“コシ”は、漢字で書くと「腰」。讃岐うどんのように跳ね返る弾力を指す。でも、きしめんは違う。柔らかく、つゆと一体化する。跳ね返らない。受け止める麺なのだ。
「コシを求めるなら、きしめん食べるな」。心の中でそうつぶやいた。きしめんは、強さではなく、味わいで勝負する麺。冷たいものなら多少の弾力はあるかもしれないが、それを“腰”と呼ぶのは違う気がする。
人に対して「腰があるね」とは言わない。言えば、整形外科の話になる。性格を表すなら「芯がある」「粘り強い」など、別の言葉を使う。麺だけが“腰”を持つ存在なのだ。
では、「膝が弱いな」とうどんに言ったらどうなるか。それはもう、詩だ。立ち上がる気力もなく、つゆに沈む麺。今日のうどんは、膝が弱かった——そんな表現が許されるのも、食と物語の世界ならでは。
訪問後記
名古屋の濃い味に疲れた僕は、きしめんの優しさに救われた。
そして思った。人間も麺も、強さよりしなやかさが大事なのだ。跳ね返る弾力ではなく、受け止める柔らかさ。きしめんはそんな生き方を教えてくれる麺だった。
孔子の言葉に「過ぎたるは、なお及ばざるが如し」がある。出典:孔子『論語』先進篇第十一・第15章
強すぎても、弱すぎてもいけない。
ちょうどいい加減が、人生を豊かにする。
きしめんの柔らかさは、その“ちょうどよさ”を体現していた。
噛みしめるほどに、人生も美味しくなる。今日の一杯は、ただの食事ではなく、哲学だった。
アクセスと店舗情報
- 店名:驛釜きしめん
- 住所:愛知県名古屋市中村区名駅1丁目 JR名古屋駅構内
- 最寄り駅:JR名古屋駅(改札内)
- 徒歩時間:改札から約1分
- 営業時間:7:00〜22:00
- 定休日:なし(年中無休)
- 電話番号:052-569-0282
- 周辺環境:名古屋駅地下街、JRタワーズ、KITTE名古屋、散策スポット多数
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